「宮本武蔵 腰掛石」 備後護国神社(阿部神社) これは、福山城の裏手に在る「備後護国神社」の中にある。 西側の正面側の石段じゃ〜の〜て、お城の裏側から「武道館」に行く方の横の石段 を登って行くと、全体の高さの中間地点にある広場の右側(東側)にある。「宮本武蔵 腰掛石」全景
「宮本武蔵 腰掛石」
「宮本武蔵 腰掛石」由来 「備後護国神社」が出来て合併される前は「阿部神社」と呼ばれとった。 「阿部神社」(祭神:大彦命)は、福山藩のお殿様”阿部家”代々をお祀りしたも んで、福山藩の第七代のお殿様で、ペリー来航のおりの大老で開国を決めた”阿部正 弘”もお祀りしてあった。 「阿部神社」と呼ばれとったころは今のような立派な神社じゃ〜なく、石段もあま り高くなく、西側の石段なんか無く、もちろん「武道館」も無く、「宮本武蔵 腰掛 石」は現在地よりずっと下で、鳥居をくぐってちょっと石段を登った左側に、台座も 無く、土の上にポツンとあった。 子供のころ町内の子供達だけで「阿部神社」へ遊びに行った時、年長のガキ大将が 「これは宮本武蔵が腰掛けた石じゃ」と教えてくれ、皆で交代で座ったりしたもんじ ゃが、そのころは「由来」を書いた説明板も何もなく、本当かどうか信じられんかっ たもんじゃが、ほんまじゃったんです!? 「宮本武蔵 腰掛石」の一番の謎は、わしは何十年も前から知っとったんじゃが、 福山の人間でこの石の存在を知る人の少なさじゃね〜。
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